リョービの物語

創業者 浦上 豊
1950年頃の正門付近

1.ダイカストってなんですか!?

「ダイカストをやってくれないか?」
創業者の浦上豊にこんな話が持ちかけられたのは、1943年9月のこと。

依頼主は三菱電機の福山工場長でした。当時小さな商社を経営していた豊は、技術者でもなければダイカストの知識もありません。豊の「ダイカストってなんですか?」という率直な質問に、工場長はひと通りの説明をしてくれました。豊はすぐに文献を漁り、一から勉強しはじめます。そして果敢な行動と熟考の末、豊は大きな決断を工場長に伝えます。

「ダイカストをやります」と。

豊が初めて「ダイカスト」という言葉を耳にしてから、たった1週間後のことでした。

1950年頃の金型工場

2.軍需から民需へ…時代への挑戦

1946年頃のダイカスト製品

1943年12月、浦上豊は郷里の広島県府中市に株式会社菱備製作所を設立します。翌年2月に火入れ式を行い、しょうゆ蔵を改造した工場でダイカスト製品の製造が始まりました。当時は、航空兵器の部品などを製造したと言われています。

創業まもなく、金型製作から後処理まで自社で行う「一貫体制」を確立。これは現在もリョービの強みとなっています。

そして1945年に日本は終戦を迎え、軍需産業から民需産業へと変化していきます。菱備製作所は1947年に自動車メーカーとの取引を開始。時代の変化に対応し、会社は成長していきます。

1960年には広島証券取取引所に上場。会社を個人経営にとどめず、大きく育てて将来に残そうという豊の思いがありました。

1963年頃のカメラ組立工場

3.完成商品分野への挑戦

創業当初から菱備製作所にはリスク分散という「バランス経営」の考え方があり、様々な業種と取引を行ってきました。その考えのもと、1955年にミノルタブランドのカメラや複写機の組み立てを始めます。そして、このことが現在の完成商品分野の発展につながっていきます。

組立品生産のノウハウを得た会社は、ダイカストで培った技術と経験を生かし、1960年代にオフセット印刷機、ドアクローザ、釣具、電動工具の製造販売を開始。「ダイカストと完成商品を併せ持つ企業」として大きく歩み始めました。

1960年代の商品群
1971年の新商品発表会

1973年 「リョービ株式会社」に社名変更

1975年 コーポレートアイデンティティシステム(CIS)を導入

1980年の球場広告と1990年代の社屋

4.菱備からリョービへ

会社と社員は一心同体。絶対に倒産させてはいけない。そのためには、多く人々に会社を知ってもらい、企業価値を高めなくては・・・。

1970年代になると、菱備製作所は「知る人ぞ知る会社」からの脱却を図ります。

まず、1973年に社名を現在の「リョービ株式会社」に変更。よりわかりやすく読みやすく、誰にでも覚えていただける社名にしました。

1975年には、コーポレートアイデンティティシステム(CIS)を導入し、広告にも力を入れ始めます。リョービの知名度の向上に大きく貢献したのは、リョービブランドの完成商品群。特に釣具やゴルフ用品などの商品でした。

ダイカストだけの会社では、今のような知名度を得ていなかったかもしれません。

1980~90年代の商品群

1985年 日本のダイカストメーカーとして初めて、アメリカに生産拠点を設立

現在のリョービダイキャスティング(USA), INC.

1994年 現在のコーポレートロゴとシンボルカラーを制定

5.事業再構築への挑戦…経営健全化計画の完遂

1990年代のバブル崩壊による日本経済の失速は、リョービにも無関係ではありませんでした。

推し進めてきた拡大路線は期待したような成果が出ず、大きな痛手を負います。

2000年にリョービは「経営健全化計画」を発表。不採算事業を思い切って見直し、得意分野へ資源を可能な限り集中配分する方針を打ち出します。一部地域を除く海外パワーツール事業の譲渡。釣具・ゴルフ用品事業からの撤退。

そしてなによりも人員の削減という辛い決断をすることになりました。

しかしながら、他社に依存することなく、リョービ自身の手でこの計画をやり遂げたことは貴重な経験となり、その後の自信につながりました。

6.挑戦は続く

経営健全化計画が終了すると、リョービは主力のダイカスト事業の更なる発展に向けて舵を取ります。

お客様に求められているのは、世界のどこでも供給できるグローバルな体制。既存の北米と欧州の生産拠点に加え、2005年以降に中国・メキシコ・タイに生産拠点を設立し、一貫体制をよりグローバルなレベルへと強化していきます。

完成商品分野のパワーツール事業と建築用品事業においては、中国にある製造グループ会社の生産性と収益性の向上への取り組みを推進しています。印刷機器事業においては、2014年に合弁会社が創業し、新たなスタートを切りました。

7.やるべきことは無限にある…未来へ向かって

「ダイカストってなんですか?」から始まったリョービ。

現在のダイカスト事業は、連結売上高の8割を占める支柱となっています。創業当初からの「バランス経営」の考え方に基づき、1社に偏ることなく、世界中の自動車メーカーとお取引をさせていただいています。完成商品分野では、お客様の期待を超える商品やサービスの提供に邁進しています。

リョービの歴史は改革の連続でした。

そしてこれからも、企業をとりまく環境は激しく変化する時代が続くでしょう。創業者浦上豊の遺志を継ぎ会社を将来に残すために、すべてのステークホルダーの方々のために、やるべきことは無限にあります。

私たちの「健全で活力にみちた企業を築く」取り組みに終わりはありません。

リョービ早わかり

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